カテゴリー「文化・芸術」の記事

2013年1月 3日 (木)

【7】私を呼ぶ花瓶と、きらめきの赤い実

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あけましておめでとうございます。

こちらは少々間が開きすぎてしまいました。

書きたいものはあったのですが、昨年はよく体調もくずしました。
今年はもう少しは多めに載せられたらいいです。

さて、今回の写真は、冬に地元の陶器市で見つけた花瓶です。食器もそうですが、私は器は主にざらざらした素朴な風合いのものが好きです。陶器市は予想以上に長い区間、様々な地方からもお店や職人さんなどが出店しに来ていて、賑わっていました。その日はあまり、信楽焼のようなざらざらしたものが見つけられず長々と商店街の間の陶器市で賑わう中を歩いていました。

 
ふと、小さなてのひらに収まる山形に穴が数個開いたものがあり、なんだろう? と思うと、剣山のような、草花を挿して気軽に楽しむものだそうです。(→下に水を入れたお皿を敷いてこれを載せて草花を挿すとか)珍しくて立ち止まったりしていたそのそばに、この花瓶があり、目を奪われました。ちょっと花を入れるのに、和風の花瓶があったらいいなぁと思っていたからです。この渋さ、とても風情があります。訊けば、関東で一番古い焼き物である、「笠間焼」(茨城県)というものだそうで、ざらざら感が信楽焼みたいだなぁと思ったら、確かに、調べてみたら、元々、関わりがあるようなことが書いてありました。「炭焼きなので、花が長持ちする」とのお話でした。職人さんの魂が感じられる小さいけど、ズシリと歴史の重み・色や手触り…様々に深みを感じる逸品に巡り逢えた陶器市でした。

赤い実は、「ヒペリカム」という植物の実のようです。赤くてかわいいなぁと買いました。同じ赤でもお正月っぽい南天は知っていましたが、ちょっとポップなかんじが目をひいて、初めて見たような印象でした。
 
偶然、インスピレーションで買ってから、花言葉を調べてみたり、どんな花なのかを調べました。
花は黄色い花で、何度か通りすがりに撮ったことのある印象的なきれいな花だったので、びっくりしました。
「あ~、あの花なの~!?」と。

*花言葉は【きらめき】【悲しみは続かない】

花言葉も、悲観的になりがちな私にちょうどでした。

そんな、強いインスピレーションで手にした”たからもの”同士を2つ、合わせました。
やはり、花瓶は花がないと淋しそうだし、花も水の入ったよい器がないと困ります。
よいものがひとつになって、いきいきしています。
安心しているかのようです。
ヒペリカムも、伝統ある焼き物も、いま、幸せそうな表情に見えます。

私もとてもうれしくなりました。

今年もよろしくお願い致します。
皆様にも、清きもの、愉しきこころの宝物がたくさん舞い降りる一年でありますように。

 

2012年3月 3日 (土)

時空を超えたひな祭り

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ひな祭りですね。

もう、長いこと、毎年この時期に店頭でひなあられを見かけても、豪華なおひなさまのCMを見かけても、何も感じなくなっていました。なんとなく、「今年ももう2ヶ月も過ぎてしまったのか」とか、「そろそろ春だな~」という感想とか。

私は、小さい時に、赤いひな壇のおひなさまを母にねだりましたが、ダメと言われて買ってもらえませんでした。経済的理由や、大きさだけではないようで、母には「人形はこわい」という理由があったようでした。母は、絵心があり、元々デザインなどに関連する仕事だったのにも関わらず、私におひなさまを手作りしてくれることもありませんでした(その頃はもう主婦でしたが)。

私の幼い唯一の記憶のおひなさまは、幼稚園だかで習って作った、紙か、空き容器かで手作りした小さい、今思えば(当時もあまり、満足はしていなかった気がします)かなり貧相なものでした。

その後も、人生のいわゆる節目となる記念日~七五三だったり、成人式だったり、そういう晴れ着に、母からのよくテレビで見るようなサプライズはまるで期待できませんでした。むしろ、ありえないほどのショックを受ける逆サプライズならいくらでも起こりましたが…↓。

少々、愚痴が過ぎてしまいました。

 

 

幼い日の、打ちひしがれる少女だった私に、今日は、2012年という未来の私からのサプライズです。

最近、私は様々に目の前が閉ざされて、一歩も動けない中で、◯十年生きてきて、写真もここ数年撮ってきて、風景以外の創作写真も時々撮り始めている中で、リンクの「苔のひとり唄」を見ていただければわけるように、地面や排水溝なんてものを撮りながら、同時に、このような「独りひな祭り」を撮ろうなんて、どうして思いつくのだろう? と、とても自分の心理が不思議でなりません。

母が贈らなかった、おひなさまを私が自分に贈ればいいのだと。

あの頃の私に。

そして、今もまだたぶん、あの頃のままの私に。

そんなことを思いながら。色紙を乗せ換えたり、ひなあられを転がしたりしていました。ちょっと、ひなあられが、少量パックがなくて、あとで食べきれるのかが心配です^^;

桃の花は、買った束は蕾が多くて、これから、ゆっくり花を咲かすのでしょう。

桃がこんなに鮮やかな色とは知らなかった…! と思ったのですが、ネットで少し検索したら、いろんな色味のものがあるようでした。

あの日の私が、これを見たら……、

きっと泣きやんでくれそうです♪

 

 

2012年1月25日 (水)

たまには銭湯で無心なひととき♪

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 寒い日が続きますね。”冷え症”なんて言葉を知る以前、子供の頃から冷え症な体質で、よくシモヤケを作っていました。学校がよほど冷えていたんでしょうか。今は、シモヤケこそ作らなくなりましたが、子供時代よりも平熱も低くなってしまいました。こんなのはブームに乗りたくないですが、”低体温”ってやつです。らーめんを作るときに、生姜をおろして入れたりしてるんですけど、その程度では改善しないようですね。

 1月中旬からなんだか日常的に出かける回数が減るほどの体調不良に。頭痛もしました。なんというのか、モヤッとしたような頭痛なんです。喩えるならば、24時ぐらいに就寝したとして、突然真夜中3時とか4時とかに起こされて、用事だからと出かけるはめになるだとか仕事を頼まれるだとか…そんなときに襲ってきそうな頭のドンヨリ感と言いますか^^; 私は用事に何日も出かけられず、最寄りのスーパーもたまにしか行けなくなるほどでした。メンタル面でも、悲しくて落ち込むとかならわかりやすいですが、なんとも言えず低空飛行で…。

 そんな日々のあと、雪が降り、私は数年ぶりに積もったのが嬉しく撮って歩いた翌日、少し回復していたんですね。すごく不思議でした。

 やっと体が動けたので、用事の出先のそばにいつも銭湯があって寄りたいなぁと気になっていたので、思い切って行くことにしました。

 随分以前に訪れたことがある銭湯ですが、久しぶりでした。現在のアパートの給湯器がまだ古かったときに故障して、新型にする間、しばらくこの○の湯さんに通ったものです。あの時は寒くなりはじめの11月でした。

 日替わり湯は茶色の漢方薬湯でした。好みなかんじ♪

 常連のおばちゃんたちは、のんびり気楽におしゃべりしていましたね。銭湯に行くと必ず常連さんっていますね^^ なんだか楽しそうですね。静まり返っているより、なんとなくそんな会話を音楽のように聞いているのがいいですね。(内容は聞いてないんですよ、ムードですね)

 私の部屋は狭いユニットバスなので、追い焚きもできません。真冬はぬるいお湯だとあっという間に冷えてしまうので、入る前に熱いお湯が出るようにしておいて足し湯をして入浴していました。でもガス代高くなるし、ガス屋さんに聞いた話では、男性だと真冬でも結構シャワーで済ませたりするんだそうです(驚)

 日頃は、そんなふうに苦心しても、なかなか血の巡りがよくなるほどにはあったまらないですが、銭湯に浸かると違いますね。ボコボコと泡が吹き出ているのを眺めながら浸かっていたら、「まるで鍋で煮こまれているみたいw」と思いました。血流の滞った部分も攪拌するかのように、グツグツ・ボコボコ…。はじめは”ぬる湯”へ。髪を洗ったあとで茶色の漢方”あつ湯”へ。あつ湯は42~43℃とありました。大きな泡が勢い良くボコボコ言っていると、料理しているときの沸騰しているお湯の表面にそっくりで、小さな子供みたいに無邪気な気持ちでおもしろく思います。

 そう言えば、○の湯さんは湯おけが私のと同じでケロリンでしたw レトロ趣味な私はこういうの好きです。おまけに、髪を乾かそうと、10円玉を入れたら、ドライヤーが私のと全く同じ製品でしたw 

 久々だったので、欲張って、少し長く浸かりすぎたかも?? と出てすぐのときに思いました。これ、成分が温泉だったら完全に湯あたりしていたかもしれません^^; あぶないですね~。久々だとつい、欲張ってしまいますね。

 

 

 帰る頃には、真っ暗で、街路樹には点々とまだ溶けかけの雪が残っていました。

 

 ふと、私は「ああ、自宅のお風呂ではあれやこれや考えるのに、銭湯に浸かっているときは、珍しくネガティブなことや、難しいことを全く考えていなかった。完全に無心に、ただお湯の気持ちよさだけに身をゆだねてぽか~んとなっていられたなぁ」と、気づきました。それほど、私は起きているときに”無” になることが難しくなっていました。

 ”無心に心地よい”…そんな得難いひとときを、与えてくれた銭湯に、(温泉に行けたらさらにいいけど)また時々は行って、お湯のパワーを授かろうと思いました。

 

2011年12月22日 (木)

2羽の小鳥のスケジュール手帳

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 今年も残りわずかになってしまいました。

 このページを作ろうと思ってから、書きたくなるステキなものとの出逢いはいくつもあったのですが、体調の都合で記録できなくて残念だったりしました。

 特に、クレーのあとも、「名和晃平展~シンセシス」で観た透明なセル(球体)をまとった鹿に心を奪われたり、「木を植えた男~フレデリック・バック展」で絵本が動くようなアニメに胸が熱くなったし、ずっと見たかったジョージア・オキーフの絵も「モダン・アート・アメリカン展」で数枚見ることが叶いました。

 2011年の手帳を振り返ると、トラブルや災難の多い一年でしたが、よいことも思いだせば、そのように確かにあったのだと思いました。

 美術展以外にも、ドラマや映画を見て、涙もろくなっている私は普段よりずいぶん感動しました。涙腺が緩くて困ることは多かったけれど、ドラマや映画で泣くときには2倍ぐらい感動できてる分、そこだけは「お得」かもしれません(笑)

 体調を崩して、前年ほどあちこちへ撮りに行けませんでした。一時期は本当にいつまたカメラを持って歩く気分になれるんだろう? と思っていました。秋は紅葉も撮りそびれました。それでも、1ヶ月前や2ヶ月前よりも、はるかに落ち着きを取り戻している自分を感じます。10年も見慣れきっているはずの近所の風景なのに、それでも、あいま・あいまに季節の移ろいや地面の様子までもを模様のように捉えたりして、ごくわずかでも楽しみを見出している自分がいます。

 そうして、話しかける友人が少なくなっても、そんな散歩道でカメラを通して話しかける、声なき者たちとの静謐で清らかな対話は、人の暴言などに疲弊しきった私には、今一番、大切な対話なのだと思います。今年の2月に梅の花に、初めて「神様」を感じた、あのときのように。

 

 なんだか脱線してしまいましたが、写真は新しいスケジュール帳です。

 たくさんのデザインから表紙と中のデザインと機能性が合うものをさがすのは、毎年いつも大変です。最終候補は2冊でした。選んだのは表紙がリスが1匹のものよりも、小鳥が2羽、ツガイのように、1羽は指輪をくちばしにくわえているというデザインです。これ、凝っていて、小鳥や、リボンなどが浮いています。でも傷んでとれないようにビニール表紙がかかっているという造りです。最初に候補にしていたリス1匹のものより、あとから考えたら幸福そうなデザインだと思いました。

 2012年のスケジュールが、一つでも多く、嬉しい予定で埋まりますように…。

 今はいろんな力が弱くても、願う力だけは強く持てるように。

 かわいい小鳥たちに願をかけたいと思います

 

 

             (photo;Gakken/ハンドメイド手帳)

2011年7月20日 (水)

きらめきのジグソーパズル~パウル・クレー~

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「おわらないアトリエ」展@東京国立近代美術館 2011年5月31日~7月31日(日) 

 

 以前から興味がありながらなかなかじっくり観る機会がなかった「パウル・クレー」の展示を観に行ってきました。私はモザイク柄みたいな特徴の画家だったよねーぐらいで、実は画集もちゃんと観たことがありませんでした。最近体調もよくなかったので、しばらく美術館や写真展などもまったく諦めていました。しかし、どこかでもらっていた案内ハガキが出てきて、今月いっぱいやっているとあり、その日は比較的コンディションもよかったので、都内へ出るついでに寄ることに。

 まず、私がクレーの絵を観て、感じて美術館を出てすぐに携帯に急いでメモした感想を箇条書きにします。

◎かわいい
◎アンバランスそうなのに不思議と安定してる
◎心地よい
◎なんかおしゃれ
◎お風呂のタイルみたい
◎象形文字みたい
◎壁画みたい
◎緻密
◎タイトルがおもしろい(ありきたりでないのがある)
◎発想大胆→絵の切断・回転など
◎有名画家と思えない無邪気なものがある→「ぼろきれお化け」
◎いつまでも見ていたい絵→「庭園建築のプラン」

 私はこんな感想を走り書きのように携帯にメモしました。画面には一見ガチャついたように抽象的なようないろいろなものが左右非対称というか、もしも私が真似て描いたらすごく不安定な絵になるんだろうなぁ・・・というような絵が多いのです。
 でも、なぜだか計算されつくしたかのように、そういう落ち着かなさがまるでない、どれも”居心地”がいいのです。

 ”かわいい”ように感じる作品も多いです。「Mのための花輪」「庭のリズム」(1932年)という油彩の2作品はまるでパッチワークを思わせる、そのままスカートでもテーブルクロスでも作れそうなデザイン的な絵(やさしいピンク調)でした。私が(かわいい絵だなぁ)と思ったら、そばにいた友だち同士の女性のひとりが友だちに「なんかかわいいよね」と私と同じことを口にしていたので、心のなかで(だよね~!)と頷いていました^^

 そうかと思うと、エジプトの壁画や象形文字のようなものが多く登場するコーナーもありました。銭湯の壁のタイルみたいな絵もありました。それも、いまどきのCGで作るならともかく、こんなタイルみたいな升目をちまちま色分けして塗るなんて・・・発狂しそうです。(小学生のときだったか、図画の授業で花の背景の升目を水彩で塗ったことがあります。図画は得意なほうでしたが、あれはなかなかきれいに塗るのは難しかった覚えがあります)特にそんなタイル風に緻密に枡を塗りながらできていてインパクトがあったのが「嘆き悲しんで」(1934)。

 タイトルのセンスの個性的さも印象的でした。
「なおしている」
「面白がらない」
「ウルクス、決めかねている」
 絵のタイトルっぽくないところがおもしろいです。

 パウル・クレー(1879-1940)はスイスの画家だそうです。いま、計算してみたら没後71年でした。
 考えてみれば、あたりまえのように私たちは名画の展示会を見ているけど、長い時間を経て、大切に保存され、長く人々に愛されて、こうして時を隔ててもしかも言葉も知らない遠い国の生の絵を間近で見られるなんて、すごく奇跡の連続によって実現しているように思えました。

 例えば、自分の思い出の文集やらを思い出してみてください。紙なんて、保管が悪いとほんの数年でカビやシミや劣化でダメになってしまいます。もちろん、名画としてきちんと保管されているからこそとは言え、クレーについての情報もネットで調べたりできるほどの現代に生きる私たちが、CGなんて言葉もなかったような時代の絵を観られる幸福・・・それがすごいことなんだなぁと、なぜかしみじみしてしまいました。

 そして、私が一目ぼれして、「わぁぁっ・・・!♪」と心で言ってしまった、ときめきの1枚が、「庭園建築のプラン」(1920年;写真参照)です。色使いが優しくて、観ていると”愛と幸福”を呼んでくれそうな、そんな1枚に見えました。ひととおり観終わって、出口に向かう前にもう1度この絵を観て行きました(そこまで気に入る、というのは美術展でなかなかないです)。

 グッズ売り場を確認したら、その絵のポストカードを見つけてとても嬉しくなりました。他、数枚と目盛付きのしおりがキレイで買いました。たしかにグッズ向きな絵でもあるので、グッズも豊富で、お客さんはみんな喜んでいっぱい買っていましたね。クレー本人は、後世で自分の絵がコップやTシャツなどになって人々が喜んでたくさん買っている姿なんて予想しなかったでしょうね^^ こういう部分は、新しい文明・文化と昔の名画とのコラボというものは、とっても楽しいことだなぁと感じています。

 パウル・クレー。
 またひとり、好きな画家が増えた日でした。